2014年7月28日

笠沙町片浦の媽祖神像

 媽祖(まそ)信仰は、中国福建省に由来する航海安全の信仰。鹿児島県内には南さつま市の笠沙、坊津、加世田をはじめ、鹿児島市、南九州市頴娃町、さらに大隅半島の肝付町高山で媽祖神像が確認されている。
笠沙町片浦の媽祖
 笠沙町片浦の媽祖神像は、大小二つあり、大きな方は高さ45cm。このロバ(姥媽)さんは優しく端正な面持ちで、いつも私たちを迎えてくれた。小さなほうは高さ8.5cmで、順風耳・千里眼の侍神を従え、立派な媽祖像だった。
順風耳・千里眼を従えた媽祖
 だったというのは、この媽祖、のちに火事の災難に会う。私が最後に無事な姿を拝ませていただいたのは1992年。いつでも見られると思っていると、残念な思いをすることがよくある。火災の後、保存処理を施され、今は笠沙町中央公民館で大切に保管されている。
火災後のロバ(姥媽)像
 媽祖神像の呼名は、加世田益山と小松原では、ボサどん(菩薩殿)と呼んでいる。一方、笠沙町片浦のこの媽祖は、大きな媽祖像をロバさんと言い、小さな像をボサさんと呼んでいる。ロバは姥媽、ボサは菩薩の意味とされている。しかし、大きな媽祖像の脚底には、寛政7年の銘として、「菩薩」と墨書されている。加世田にあった愛染院(野間神社の別当寺)の住持照山による銘。したがって、媽祖像は大小にかかわりなく、中国風にいえばロバ(姥媽・姥媽祖)さん、日本風にいえばボサ(菩薩)さんということになる。
「奉修娘媽山大権現順風相送祈所」の御札
南さつま市の媽祖像は、多くが市の指定文化財となっている。笠沙の媽祖神像も、市の教育委員会に調査の相談をされると、見ることができる。
笠沙町片浦の媽祖神像
●写真集:笠沙海村調査1992
●調査地:鹿児島県川辺郡笠沙町片浦(現南さつま市笠沙町片浦)の林家